国際ロータリー第2760地区 / 尾張旭ロータリークラブ(2019-2020年度)

2010-2011年度 米山記念奨学会

 
 
 ◆氏 名  宋 薇(そう び)
 ◆出身地  中華人民共和国
 ◆在学学校名 名古屋産業大学・大学院 修士2年
 ◆専門学部  環境マネジメント研究科・環境マネジメント専攻
 ◆ホストクラブ 尾張旭 ロータリークラブ
 ◆期 間 2010年4月~2011年3月
 ◆カウンセラー 大野 良之


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風力発電の研究中ですが、中国に役立つよう頑張って下さい。(大野)

 
宋薇(そうび)


卓話(ウィークリーレポートNo.1937より)
卓話



私の名前は宋薇と言います。宋はウ冠の下に木と書き、薇は薔薇の薇と同じ漢字です。1985年の1月に中国山東省の青島に生まれました。何年ぶりの大雪の日に生まれたので、両親は最初に雪という字を私の名前としてつけたかったそうですが、生まれつき体が弱く、ちょうどウチの近くに冬薔薇が綺麗に咲いており、冬薔薇のように強く育ててほしいという願いから薔薇の薇という字を取ったそうです。しかし、名前に込められた思いは実現しませんでした。小さい頃はよく病院に行きました。一ヶ月の半分以上は必ず点滴を受けているという記憶はあります。しかも点滴を受ける時は絶対大暴れするのです。お父さんによると、一番ひどい時は成人男性4人で私を一人を抑えきれなかったことがあるらしいです。ということで体は名前に反して、とても弱かったです。

性格は名前の通り、かなり強いというか、完全に男の子のようでした。病気でない時は、木を登ったり砂浜で転んだりすることが大好きでした。簡単にいうと、男の子の遊びを精通していて、女の子の遊びは全然しませんでした。両親が買ってくれた綺麗な人形さんを触れもしなかったです。飛行機の模型や車の模型が大好きでした。よくお父さんに怒られましたが、本当に薔薇のようにお母さんの威嚇に動じませんでした。朝出かける時は綺麗なワンピースを着せられて、夕方帰ってくると、汚れていたり破れていたりしているのが普通です。そんな私でしたが、小学校い入ると、お母さんにもびっくりするほど変わりました。本の面白さを知り、読書に夢中になりました。マンガから哲学心理学の本まで、たくさん読みました。夏目漱石さんの「吾輩は猫である」という本は一年生の時に読み終わりました。かなり気にいってるので、クラスメートにこの本を勧めましたが、みんなドン引きした顔は今でも思えています。

一番最初の日本の文化に触れたのは夏目漱石さんの小説でしたが、その次はドラエもんでした。全巻を買って、何回も何回も読みました。中学校に入ると、セラムーンが流行し出して、かなり夢中になりました。高校に入るとすぐ、進路について先生に聞かれましたが、日本留学したいとすぐ返事しました。もちろん周りに反日派はいました。理由もよく聞かれました。いつも一言で答えています。「第二次世界大戦からあんなスピードで立ち上がった日本の民族精神を現地で見てみたい」と言いました。確かに日本は中国を侵略しました。当時中国の民衆に被害を与えました。でも戦争というのは必ず全部侵略者が悪いと限らないです。時間、歴史背景、当時の両国の首相等、いろんな要因が混じっている。逆に中国当時は強かったら、日本を侵略したかもしれません。日本もアメリカに侵略されたのに、なぜそんな早いスピードで立ち上がって、経済大国になったのかを知りたかったです。中国は日本との戦争後、国内戦争も起こりました。共産党と国民党のトップの奪い合い。それで沢山の人も死にました。共産党が勝利した後、国民党の子孫はみんな酷い目に合いました。中国人だから中国がやることは全部正しいとは思わないし、お互いの国の良いところを学ぶのが一番大事だと思います。技術の面だけではなく、精神的な面が一番重要だと思います。

第二次世界大戦からあんな早い間で立ち上がった日本を救ったのは日本人の団結力だと私は思います。物事には必ず良い面と悪い面があります。将来のため、いつも悪い面を見るのではなく、良い面を見て、習うことが人にとって大切だと思います。そういう理由で日本に来た私ですが、最初入ったのは京都の日本語学校でした。この前日本人の友達に聞かれてのですが、一番最初おぼえた日本語は何ですかと、考えてみたら、教科書に載っている日本語ではなく、関西弁の「おおきに」でした。最初のアルバイトはある金属工場での出荷を手伝うことでしたが、「おおきに」とか「あかん」とか教科書にない方言をいっぱい言われると本当に焦りました。それでも、バイト先の方に親切に接してくれて、ご飯に連れてもらったり、借りた部屋の保証人までなってくれたり、本当に感謝しています。今でも日本に来たばかりの光景を思い出すと心が温かく感じます。わからない道を尋ねると、現地まで連れてくれたり、代わりに電話で聞いてくれたりして、みなさんの温かい心はきっと私一生の思い出になります。

日本語学校を卒業すると名古屋産業大学に入学しました。理由は単純で、環境について勉強したかったです。大学の4年を通じて幅広く環境について基礎知識を学びました。そこで今の大学院への進学を決めました。今の研究テーマは「空気ブレーキ装置をつけた小型垂直軸風車の性能評価」です。文系の大学ですが、やっていることは理系で、実験とか計算とかたくさんしています。理系の知識は高校生レベルなので、一生懸命に人の倍以上頑張らないといけません。

内容は簡単に説明すると、垂直軸風車は高速度で回るとかなり危険度が高く、そこで指導教授の清水幸丸の特許を用いて、空気の力で自動的に風車を止めるシステムを開発し、改良しています。風車がある程度の回転数になると、過回転防止装置が起動し、トルクを発生させ、抗力で風車の回転を収まります。将来はこのシステムを世界中に利用してほしいです。水平軸風車は騒音問題があるので、一般民家の屋根に付けるのは無理がありますが、垂直風車なら、一般民家でも利用が期待できるので、将来ソーラーパネルの数に負けないぐらい日本の民家に付けてもらえたらうれしいです。夢ではなく、近い将来必ず実現するように努力しますので、どうぞご期待ほどよろしくお願いします。